公開日記(仮)

ヒーロー欲のない厨二病

伝田伝助は死んで現実になった

砂グラがふみとつの曲すぎてつらい。

どうも。お久しぶりの更新です。

2月いっぱいで個人ブログが終わってしまいましたね。A.B.C-Zが生み出すあんなキャラやこんなキャラが好きだったので寂しいような、でもえびブロがパワーアップしてくれたので嬉しいような、そんな今日この頃です。

 

戸塚さんのファンだけでなく、刺さった人は多かったのではないでしょうか。伝田伝助。五関担の私ですが、ヒィ……もう伝さん……抱いて……と呟きながら読んだ記事も数知れず。包み隠さず叫びます。みなさんご唱和ください。

「ロスがやべぇ〜〜〜〜!!!!!!」

私が重たい重たい腰を上げ、半年以上放置してしまっていたブログを稼働させた今回のエントリーで、言いたいことはただ1つです。

『伝田伝助は死んで現実になった』

読んで字のごとくではあるのですが、伝さん、最後の最後に現実になった!!と思ったのです。

 

戸塚さんの最終更新には痺れました。あの記事が更新されるその瞬間まで、伝さんはフィクションでした。あくまで、戸塚祥太というアイドルが「伝田伝助」のフリをしていた。言い換えれば、戸塚祥太と伝田伝助は同一人物で、戸塚祥太の人格から形成されたキャラクターだったのです。

最終更新がされるまで、「伝田伝助」「戸塚祥太」という表裏一体の存在が、ブログ伝田伝助を稼働させ、私たちを楽しませてくれていました。私たちは、伝田伝助に上がった文を読むことで、伝助を見、その奥に戸塚祥太を見ていたのです。

しかし、最終更新で衝撃的なことを伝えられます。(直接の引用はダメかなと思うので、うろ覚え大明神の私監修での概要は以下の通り。間違っていたらごめんなさい)。

-ブログ伝田伝助は、実は戸塚くんにお願いして書いていもらっていた。
-伝助はアメリカへ飛ぶ直前にこれを書いた。

そして、戸塚祥太の文面で伝えられた、事実。


-伝助は、とっくに死んでいた。

 

この瞬間に、今まで一体であった「伝田伝助」「戸塚祥太」が乖離したのです。最終更新を読んだ時のあのカタルシスったら、言葉にできません。

「伝さんって、結局戸塚くんでしょ」 「なりきりブログじゃん」とは言えなかった、伝助ファン。伝さんは戸塚さんだと分かっていながらも、でも戸塚祥太の中に確かに存在する伝田伝助を信じ、心を奪われていた。そんな状況で、最後の最後に伝さん、戸塚さんの各々の口から、「別人」の太鼓判を押されたような気がしたのです。

「別人」の太鼓判は伝さんとの長い長いお別れではありました。それでも、「伝助は死んだ」「今まで読んでいたのはとっつーの書いたブログ」「伝さんは戸塚くんじゃない」の3つが持つ心のモヤモヤの浄化作用は、すごかった。

 

伝さんは現実だったのです。

 

例えるなら、話に聞いていた友達の友達って会わなくても「いる」し「現実」である、そんな感覚です。

伝さんの存在は戸塚さんと表裏一体なんかじゃなかった。ちゃんと別で存在したんだ。

ブログ伝田伝助から透けて見えたのは、伝さんじゃない。私たちが認識していたとおり伝さんのフリをしたとっつーだったのだ。私たちが見ていたのは、奥に戸塚祥太が見える伝さんではなく、伝さんに見えた戸塚祥太だったのだ。

それって、『結局戸塚くん』だったし、紛れもなく『なりきりブログ』だったのだ。

だからこそ言える。伝さんは確かに「いた」。とっつーとトンカツ屋(だったか?)で出会った、職業ライターの、あの渋くてカッコよくて、ちょっと可愛くて、でも誰よりも素敵な感性を持っている伝さんは、紛れもなく「いた」のだ。

 

私たちは戸塚くんのなりきりブログをとおして、伝さんという存在に出会った。そしてその架空であると思っていた存在が、死をもって私たちの中で現実になったのだ。

 

何という逆転の発想だろうか。

 

脱帽です。

 

とっつー、すごいなぁ。

 

唯一無二だよね、彼は。

 

伝さん、ゆっくり休んでね。

 

願わくばあなたの書いた記事を、
読みたかったな。